私のささやかな趣味のひとつは、お菓子づくりである。ゼリーやチョコのような系統ではなく、ケーキやクッキーといった、小麦粉を使った粉モノを作ることが多い。伝わるかどうかわからないが、粉やバターや卵を混ぜ合わせてオーブンで焼くと全く別物になる、あの感じに昔から心底ときめいてしまうのだ。
ガーリーな趣味だと言われたりもするが、きちんとプロトコルに従わなければアカンものができあがる感じは、本業の科学の実験とかなり似たところがある。料理も実験に近いし、周りの実験科学者たちにも料理上手が多いが、目分量でもたいていなんとかなる料理より、お菓子づくりのほうがより実験っぽいように思う。
フランスに来てからも、ちょいちょいお菓子を作っている。というか、主にキッチンにちゃんとしたオーブンがあることと、バターが安くておいしいことでテンションがぶち上がり、ちょっとしたひとりブーム状態である。フランス語のレシピ本を解読するのだって楽しくてしょうがない。あのエシレバターが250グラムで3ユーロちょっとしかしないのだ。ここは天国か!*1
しかし、だ。なんだか微妙な違和感がある。ケーキ類が思ったより膨らまないのだ。
この写真だと本当にぺたんこみたいだが、これは18cmの型でちょうどいいスポンジのレシピを22cmの型で焼いているので、そこまでおかしいわけではない。スポンジケーキとして十分な程度には膨らんだし、ちゃんと美味しかった。あくまで「思ったより」膨らまないのであって、全然膨らまないわけではない。なので別に困っているわけではない。ただ、同じレシピで日本で焼いたときに比べて、微妙に重めの仕上がりになり、あれ?となったのだ。日本ではいつもふわふわになりすぎて、オーブンから出した後に真ん中が少し沈んでいたのだが、それも見られなかった。
パウンドケーキのたぐいも、日本では焼いている間に膨らみすぎて型から溢れる事態が稀に発生していた(それはそれでどうかとは思うが)のだが、フランスでやると「もうちょっと行くと思ったんだけどな」というくらいなところで止まってしまい、少々物足りない気持ちになる。オーブンを使わないホットケーキでも同じで、日本と同じように作ったはずなのに、いつもなんだか「外国のパンケーキ*2」な趣の、わりと薄めのものができあがる。
しつこいようだが、別に困ってはいない。若干重いけれど、日本のより小麦の味がする気がして、美味しくいただいている。それでも私の性分なのか、思っていたのと違う感じになるのがどうも引っかかる。
グラニュー糖が日仏で違うわけがないし、卵やバターも膨らみ具合に関係しているようには思えない。上の写真のスポンジはもともとベーキングパウダーを使わないレシピなので、ベーキングパウダーも関係ない。いちばん犯人っぽいのは小麦粉である。
日本では、小麦粉は薄力粉・中力粉・強力粉に大きく分類されている。分類の基準になるのは、小麦のタンパク質グルテンの含有量だ。最近はなにかと目の敵にされがちなグルテンだが、パンの弾力を作ったり、うどんのコシになったりして、料理やお菓子の出来上がりを左右する重要なタンパク質である。ふわふわのスポンジケーキやサクサクのクッキーを作るには、生地に粘りがないほうが良いので、グルテンの量が少ない薄力粉を使う。薄力粉の中でも特にグルテン量の少ないものが、製菓用薄力粉として売られていたりもする。
しかしフランスの小麦粉は、そもそも分類の仕方が違う。グルテン量ではなく灰分(ミネラル分。多いほど小麦らしい味がする)を基準にしていて、T45やT55などの数字で表記される。T45がお菓子づくりなどに向いているということなのでこれを使っているが、やはり基準が違うので、タンパク質量から考えると薄力粉そのものというわけではなさそうなのだ。
気になりすぎて、一人暮らしなのに家に小麦粉が3キロ近くある異常事態である。
写真は左から、フランスの大手小麦粉メーカーFrancineのT45、同じくFrancineのケーキ用小麦粉、大手スーパーAuchanのプライベートブランドのT55。左のT45はダマになりにくいサラサラタイプで、そうではない普通のタイプもあったが使い切ってしまってここには写っていない。真ん中のケーキ用粉は、既にベーキングパウダーが配合されていて、英語圏のレシピ本なんかを見るとたまに出てくるセルフライジングフラワーというやつだと思われる。
これらのタンパク質量を、日本で売られている薄力粉のものと比べてみた。日本代表は、お菓子づくり用の高級小麦粉であるスーパーバイオレット(粗タンパク6.0%)と、どこのスーパーにもある薄力粉フラワー(粗タンパク7.7%)である。*3
フランスの粉は、Francine T45がタンパク質8.4%(サラサラでない普通タイプも同じだった)、ケーキ用粉が10.1%、AuchanのT55が9.2%だった。全体的にタンパク質多めである。
日本の基準では薄力粉に分類されるのはタンパク質8.5%までなので、FrancineのT45はギリギリ入るものの、薄力粉としては多めなほうだろう。ケーキ用として売られている粉が中力粉レベルなのも驚きだった。うどんが作れるぞこれは(ベーキングパウダー入ってるけど)。
よく考えてみれば、フランスで軽くてふわっふわなスポンジというのを食べた覚えがない。ふわっふわなブリオッシュならあるが、あれはパンなのでまた別の話だ。お高級なパティスリーに行けばもしかしたら違うのかもしれないが、カフェやブーランジェリー等で出てくるのはパウンドケーキ系のどっしりしたものだし、スポンジ(ジェノワーズ?)系のものがあっても日本で食べるのよりはしっかりしている。マドレーヌやフィナンシェのようなフランス焼き菓子は、むしろ重めな粉のほうが良いだろうし、クレープもグルテンのはたらきで生地の伸びがよくなる。日本人がふわふわの食パンを常食するのに対してフランス人はバゲットを食べるように、ケーキや焼き菓子に求めているものも、たぶん日仏で違うのだ。
いろいろとネットを漁っている過程で、グルテン多めな粉でもコーンスターチを混ぜて調整できるという情報を見つけたので、試しにT45の1割ほどをコーンスターチに置き換えてホットケーキを焼いてみた。が、たしかに若干膨らみやすくなったような感じはするものの、代わりに微妙にさっくり感が犠牲になった気がする。
これはもう割り切って、フランス流にバターたっぷりのしっかりしたお菓子をいろいろ試してみるのが正解なんだろう。やっぱり体重が…いや考えないことにしよう…。
*1:そしてそれを自分で消費するのでたぶん体重的にもぶち上がっている気がする…量ってないけど。
*2:個人的にはムーミンママが焼いてそうなイメージ
*3:これらの日本の粉は今手元にないので、タンパク量はネット情報(
https://maru-fuji.biz/news/docs/cf41abfbc0ecf9ed152af41ec3c29a62a0abcea4.pdf
)。おそらく変動するものと思われ、通販サイトによっても数字が違っていたりしていたので、だいたいの目安と思ったほうがいいかも