ボルドー名物カヌレ 2大専門店食べ比べ

ワイン以外のボルドー名物といえば、お菓子のカヌレ。カヌレ型と呼ばれる独特な形の銅の型で作られ、外はカリカリ中はもっちり、バニラとラムの香り豊かな焼き菓子だ。

カヌレ発祥の歴史は、ボルドーのワインづくりと密接に関係しているという説がある。伝統的なワインづくりでは、ワインの澱(おり)を取り除くため、泡立てた卵白をワインに投入して澱を吸着させる。このとき大量に余ってしまう卵黄を活用するために考え出されたのがカヌレというわけだ。

 

しかし、実はカヌレの歴史は記録が乏しく、この「ワインづくりで余った卵黄を使うために編み出された」説も、どうも伝説の域を出ないようである。17世紀に似たような名前のお菓子はあったようだが、それが今のカヌレと繋がりがあるのかは不明で、現在見られるカヌレについて確かな記録が現れるのは、1930年と意外なほど最近のこと。それも2度の世界大戦の後絶滅しかけていたのを、1980年代にレジスタンスの英雄でありボルドー市長となったシャバン・デルマス*1がボルドー名物として目をつけ、市庁舎で開かれるレセプションで提供するなど積極的に売り出すようになった。彼の後継者で現ボルドー市長のアラン・ジュペもこのカヌレ推しをさらに拡大させ、パリでカヌレをブレイクさせた後、ついに最近では東洋の島国でもおしゃれなフランス菓子として認知させるまでになったというわけである。案外政治的戦略のたまものなのだ。

 

さて、ボルドーの街を歩いていると、いろんなブーランジェリーやパティスリーでカヌレを見ることができるが、中でも幅を利かせているのが2軒のカヌレ専門店。CANELÉ BAILLARDRAN (以下B店)と、La Toque Cuivrée (以下T店)だ。両方ともいくつものお店を出しているので、ボルドー中心街ならすぐに見つけることができる。

どちらのお店もイメージカラーが赤なので、はじめは同じ系列のお店なのかと思うかもしれないが、慣れれば見分けるのはごく簡単である。B店のほうが、店構えが圧倒的に華やかなのだ。綺麗に飾られたショウウィンドウにきらきらした銅のカヌレ型が並び*2、真っ赤な制服のお姉さんたちが売り子をしている。カフェが併設されている店舗も多い。一方T店は素朴というか地味というか、「カヌレを作ることにしか興味ありません」感がすごい。全く飾りっ気のない店内に、カヌレを並べたショーケースがあって、ほとんどそれだけ。B店ではカヌレ以外にチョコやマカロンなどの他のお菓子も売っているが、T店のほうはパイなど焼き菓子も多少はなくはないものの、ほぼカヌレオンリーである。

で、ボルドレ(ボルドーっ子)たちにどちらが人気なのかと言えば、少なくとも私の観測範囲では、T店の圧勝である。持ち寄りパーティーをするとたいてい一人はカヌレを持ってくるのだが、いつも決まってT店のものだ。初めてボルドーを訪れたとき、カヌレが食べたいと言う私を上司が連れて行ってくれたのも、T店のほうだった。曰く、カヌレは朝焼いたものをその日のうちに食べるのが美味しいのに、B店のはいつ焼いたやつかわかったもんじゃないという。なかなかさんざんな言われっぷりである。

どちらも店舗がたくさんあると書いたが、より「どこにでもある」のは、実はB店のほうだ。空港や駅のように、ボルドー名物を買い求める観光客を確実に集められる一等地にあるのは、必ずT店ではなくB店。有名ワインシャトーに見学に行ったときに、シャトーの売店にB店のカヌレが置いてあるのを見かけたこともある。サン=ジャン駅なんて、もともと駅の中に2店舗もB店があるのに、最近駅前広場にあったチョコレート屋さんのブースまでB店に変わり、上司たちにすっかり洗脳されていた私は、「どんだけ勢力広げたいんだよ!」と、まだ食べたこともないのにB店に謎の反感を抱いていた。

どうやら、ボルドーのカヌレ専門店として歴史が長いのはB店のほうで、T店は後発、それも郊外から始まったお店らしい。ボルドレたちがこぞって郊外のT店まで買いに行っていたので、ごく最近になって街の中心部にも出店するようになったのだという。なので、良い場所をB店が押さえているのは当然と言えば当然なのだ。

 

ボルドーに来て半年以上、せっかく買うのだから美味しいほうがいいとT店のカヌレばかり食べていたのだが、自分で試してもいないのにB店の味を決めつけるのもどうかと思い始め、先日やっとB店のも食べてみることにした。

 

la toque cuivree

La Toque Cuivréeのカヌレ



CANELÉ BAILLARDRAN

CANELÉ BAILLARDRANのカヌレ


どちらのお店も大・中・小の3サイズあり、これは大サイズ。完全に個人の好みだが、大きいもののほうが外側のカリカリと中のしっとりのバランスが良いような気がするので、カヌレを食べるときはこのところ大ばかり買っている。

今回初めてB店のカヌレを買ってみたが、完全にT店に慣れていた私は、お会計で耳を疑った。T店のカヌレは、大サイズで1個 0.7ユーロ。しかしB店のは、ほぼ同じサイズで 2.6ユーロ。たっか!! えっこれ、この値段で味が微妙とかだったら完全アウトじゃない?

値段のインパクトによる動揺を引きずったまま、いざ実食。

…うん、美味しい。気のせいかもしれないけど、ちょっと濃厚な感じがする。T店のはバニラの香りはしてもバニラビーンズは見えないけど、B店のは黒いつぶつぶがたくさん入っているのがわかる。外側のキャラメリゼ具合なんか、しっかりしていてこっちのほうが好みかも。中はちゃんとしっとりもっちりしていて、古くて固くなっているような感じは当然ながら全くない。

要するに、 今まで聞いていた評判はなんだったの、という美味しさだった。なんだ、妙な反発抱いてないでもっと早く試してみればよかった。

ただ、これでT店の4倍近い値段となると、ちょっと納得感は薄い。正直そこまで味が違うわけではないなぁ…。ボルドレたちもあんなに酷評していたが、実のところ致命的なのはこの金額的な部分で、プライドがそう言わせないだけなのかもしれない。この1個1個巻いてある紙の帯みたいなやついらないから、もう少し安くならないものだろうか。

 

上にも書いたようにカヌレは新鮮さが命なので、残念ながら日本へのお土産には向いていない。時間が経ってもオーブントースターなどで温めれば多少マシにはなるが、やはり味は落ちる。ボルドーの街をぶらぶら観光しながら、買ったらその場でかぶりつくのがいちばん美味しいのではないかと思う。

ボルドーに来た際には、私のあてにならない舌によるレビューはいったん忘れて、カヌレ食べ比べをしてみてはどうだろうか。

 

*1:ボルドーでは橋やスタジアムに彼の名がついているほか、サン・タンドレ大聖堂の前にも銅像が建っている

*2:このカヌレ型も購入できる